あなたの事を馬鹿にしているのではない(念のため)
(問題)
2√3 - √12 = ?
中学生が高校へ進学するために、その高校で、あるいは、一斉に実施される『入学(検定)試験』で、
科目は数学に於いて出題されるような問題だが…
益々、悪質になる社会の入口が此処に在る。
(問題)の『解答』と『現実』…
答は 0(ゼロ)
(解答:思考(その1):『反応』が速い(その訓練を繰り返して来た者の思考))
2√3 - √12 =2√3 - 2√3 = 0
あるいは…
2√3 - √12 =√12 - √12 = 0
(解答:思考、その2:此処で考えてしまう場合…自分なりの『数学』を実践した者…)
えっと…2√3 - √3 なら、答えは、√3だけど…これどうやって解くのだ?
√3は… √3 × √3 =3 となる数の事だろう…
2√3は?…どんな数だ?
2√3 × 2√3 = 2 × 2 × √3 × √3 = 4 × 3 =12
…あっつ!
√12 × √12 = 12
そうだ!
答は 0 だ!
…
思考(その1)は、『入学(検定)試験』のために…
その訓練を繰り返して来た者の思考である。ただ、これは、『現実』には
思考というよりは、機械的に…である。実際には『入学(検定)試験』の場に於いて、考えてなどいない…
思考(その2)は、少なくとも『数学』を理解している、そして、自身の『数学』の理解を元に、何んとか
『答え』
に辿り着けた者の思考になる。
残念ながら、
『入学(検定)試験』には、様々なルールがある。
他人から、答えを聴くのはダメ!
文献を参照するのはダメ!
時間内に答えないとダメ!
…
合格をするのは…思考(その1)をした者である。
思考その1に準拠した行動をした者が合格をする。
思考(その2)では…
解ったとしても…『数学』を実践したとしても…恐らくは…
『時間内に答えないとダメ!』
に引っかかるのだろう。現実として、不合格の烙印を押される。
『入学(検定)試験』のために…どのような行動をするのかは、あなたは決める事が出来る。
『入学(検定)試験』のような、この社会システムが平然と実施する『踏み絵』の如き悪しき風習は、至る所に存在する。
これは、あくまでも僕の感じ方だけれども。…
所謂
『就職活動』
もほぼ、これに等しい(と僕は感じている)。
でも…
どのような行動をするのかを、あなたは決める事が出来る。
(『吊るされる事さえも恐れなければ』…このような補足が必要なのが今の現実社会である。)
現実は、殆どの人は、他人から訳も説明もなく、『吊るされる事(…のようなこと)』は嫌なので、その絵を我慢して踏む。
このような人を大人と呼ぶ。
『枕』には、続きが在る。が、今から先に、此処で、これまで続けている『円周角の定理』の最終回のお話に入ろう。
これまで続けてきた円周角の定理のお話の最終回(場合③)
上の図は、最小限の情報しかない。
円Oが在り、弦BCが在って、円周角∠BACがあり、中心角∠BOCが在る
上の図の状態から…
中心角 = 2 × その円周角
(∠BOC = 2 × ∠BAC)
という現象の理解を得るために、的確に
緑の補助線や ∠αや∠βを取る事が出来るのか
…
今までは、円周角を
円周角 = α + β
…
と表すことにより、
中心角 =2 × (α + β)
…
となる事を示してきたが
…
さて…場合③に対して、緑の補助線を何処に引き…
何処を∠α 、 ∠β と取ればいいのか…?
場合③の証明
僕らは、殆どの場合、出来上がった物を見せられる。(…事の方が多い。)
知識が在れば、上の図を助けに、あるいは頼りにして、場合③の現象を理解する事が出来る人がいるかもしれない。
今回、僕が言いたいことは、今、持っている知識を自由に組み合わせて応用が出来るか…
更には、引き出す事が出来るのか…
そして、観る事が出来るのか…
という事。少なくとも、
あなたにとって未知の物に挑むのに必要な技術だ。
あなたが、創造者になりたいのなら、是が非でも必要となる技術だ。
今回のお話の意味する処も、円周角の定理になる。
円周角の定理とは、円周角と中心角の特別な関係の事をさす。
(円周角の定理とは…)
中心角 = 2 × その円周角
上記場合③でも
∠BOC = 2 × ∠BAC
このような関係式が成り立つ
確認:新しい事(知らない事、未知の事、…)を学ぶという事は、同時に、様々な言葉の意味を確認する事も求められる。
(言葉の確認)
弦:円周上の異なる2点を線分で結んだもの(上図の弦BCのこと)
円周角:円周上の異なる2点(弦の端点)と、円周上のまた別の点とで、出来る∠のこと。(上図の∠BACのこと)
中心角:円周上の異なる2点と、円の中心Oとで、出来る∠のこと。(上図の∠BOCのこと)
(場合③に於ける証明)
上図の、緑の線は補助線になる。
証明を与える目的のために、適切な補助線を引く事になる。これが出来ないと嵌る…ちなみに、今回、僕は嵌った。
点Oは、円の中心なので、⊿OABと⊿OACは、共に、二等辺三角形になる。
三角形の
1、3つの内角の和は180°である。(外角の1つは、2つの内角の和になる。)こと
2、二等辺三角形の2つの底角は 、互いに等しい。
以上の性質(知識)を使う。
適切な補助線を引くのは、上記1、2の、性質(知識)を用い易くするために、である。
∠OAB=αと置くと、⊿OABは二等辺三角形なので、∠OBA=αとなり、よって、この2角の和、
外角の1つ∠BOD=2α とかける。
(実際には、図の見やすさと、理解のしやすさも考え
『∠OBA=αと置き、⊿OABは二等辺三角形なので、∠OAB=αとなる。』
という思考を経ている。)
同様に、(『同様に』:(意味)数学では、同じような論理展開をまた別の『処』で扱ったりする。よくあることである。)
∠OAC=βと置くと、⊿OACは二等辺三角形なので、∠OCA=βとなり、よって、この2角の和、
外角の1つ∠COD=2β とかける。
(実際には、図の見やすさと、理解のしやすさも考え
『∠OCA=βと置き、⊿OACは二等辺三角形なので∠OAC=βとなる。』
という思考を経ている。)
此処までのお話をそれぞれにおいて場合③の図を元に整理する。のだが…図より
円周角 ∠BAC = ∠OAB - ∠OAC = α - β
些細な事かも知れない。
けれども…今までは、円周角をずっと α + β と表して来た。今回は、円周角を α - β と表している。
要は、重要な技術は、『それぞれ、円周角、中心角を αとβ…で表して、それぞれを比較するという事。』である。
そして、この重要な技術を使うために、適切な緑の補助線を引く。その上で(繰り返しになるが)、
三角形の
1、3つの内角の和は180°である。(外角の1つは、2つの内角の和になる。)こと
2、二等辺三角形の2つの底角は 、互いに等しい。
以上の性質を使う。今回の場合は、
どの二等辺三角形で考える?
という観方も求められていた。
中心角 ∠BOC = ∠BOD ー ∠COD = 2α ー 2β = 2(α - β)=2 × 円周角∠BAC
場合③の証明は、これで終わる。
コール & レスポンス …
今までは、円周角を
円周角 = α + β
…
と表すことにより、
中心角 =2 × (α + β)
…
となる事を示してきたが
…
さて…場合③に対して、緑の補助線を何処に引き…
何処を∠α 、 ∠β と取ればいいのか…?
要は、重要な技術は、『それぞれ、円周角、中心角を αとβ…で表して、それぞれを比較するという事。』である。
そして、この重要な技術を使うために、適切な緑の補助線を引く。
既知の知識
三角形の
1、3つの内角の和は180°である。(外角の1つは、2つの内角の和になる。)こと
2、二等辺三角形の2つの底角は 、互いに等しい。
以上の性質を使うために。
さてさて…緑の補助線と、具体的にαとβが表示されている図からならば、
理解は容易だと思う。
どの二等辺三角形で考える?という観方も出来れば…
此処に実は様々な段階がある
1、自力で緑の補助線と、具体的にαとβを図上に表示し、その証明が出来た。
2、自力で緑の補助線と、具体的にαとβを図上に表示出来なかったが、出来上がった図からは
証明が出来た。
3、出来上がった図を見せられて、更に、その説明を受けて理解は出来た。
4、出来上がった図を見せられて、更に、その説明を受けても、理解は出来なかった。
5、そもそも、未だに何のお話をしているのか理解できない。
…
尚、僕(takumaro)の場合(この場合③で)、途中でかなり嵌り、
『1、自力で緑の補助線と、具体的にαとβを図上に表示し、その証明が出来た。』
のだけれども、時間が40分掛かった。
『現在も存続している、様々な悪しき社会システムに於いては、完全にアウトである。』
その事を考える時間など与えられていない。
それでも尚、正確さと反応速度が求められている。
そういう物だと思って、事に当たれる。勉強が出来るのは、本当に大人への一歩なのだろう。
様々な形で、個性をその才能を抹殺するような機能がこの社会には存在する。その一つである。
(で、僕は描いていて改めて感じてしまう。「…大人に成るのは無理だ…」と)
そもそも、『熟成されるまで』『出来るようになるまで』『解るようになるまで』、
『観る事が出来るようになるまで』には、
相応の時間が必要になる。植物が育って行くことと同じである。
『桃栗三年柿八年…』
これが、大自然の摂理である。改めて
『桃栗三年柿八年…』
では
『人は…?』
数学者、岡潔が、『わかる(解る)』という事について、段階的に分けた話をしている。
これを、少し、僕なりに感じる処があり、6段階目を付け足し整理したものを以下に紹介する。
参照参考:「日本のこころ(講談社文庫)」昭和49年7刷り p183--184
『わかる(解る)』
1段階:感覚的にわかる
2段階:形式的にわかる
3段階:意味がわかる。理解する。
4段階:意義がわかる。
5段階:体取する。体得する。
6段階:体現する。体現者になる。
これだけを見ても、相応の時間が掛かると僕は感じてしまうのだけれども…
数学にしても、柔道にしても…である。
例えば…柔道の場合、
僕は、形の中に在るある一つの技の中の、受けの動作が出来るようになるまでに…形の稽古を積みつつ結局、
『8か月』
という時間を要した。
数学では、感覚的に気付いた数学の個人的な発見と、その価値を世間に認めさせるまでに(論文雑誌に載るまでに)
10年を要した。
「まあ…いずれも僕が、他人以上に不器用である…という事も在るのかもしれないのだが…」
今回の一連の円周角のお話にしてもである。
考え方の真似をする。結果から考えてみる。特殊な場合を考えてみる。そういう観方に慣れる…
画が映し出している景色…でもその景色が観えるように成るのには時間が掛かる。
石の上にも三年…籠山12年…
いつまでも石の上に居続けるわけにもいかない…
山に籠って、社会と乖離した処に居て、健全な精神を保ちたいが、そうも行かない…
なので、僕の場合は、こうして『舞』を披露し続けているのだけれども…
takumaroは今日も往く!