大切な物は失われ…そして、その事に人は慣れて行く…
二礼、二拍手、間をたっぷりと取り、そして、一礼…
『何者か』と相対する時の作法である。
そして、
『間をたっぷりと取り…』
のときに、
『祓い給え、清め給え、守り給え、幸給え』
とこれを三回繰り返す。『何者か』にお願いする基本的な内容である。(『何者か』にお願いする内容は人それぞれである。)
ここ最近は、基本的なお願いしかしなくなった。(昔は、随分と『無茶な』お願いばかりをしていたような気がする。)
でも、たまに…(たまにではないかもしれないが…)
『何者か』と相対し…
「(おい!コラ!!ちゃんと、見て観ているのか!?)」
と、僕の機嫌の悪さをぶちまける事もある。
ただ、確かに其処へ行き、『何者か』と相対すると、確かに
祓われて、清められている、事を僕は個人的に実感している。
其処を散策し、物思いにふける。其処は、変わらぬ場所であり、また、変わらぬ景色がこれからも続く場所と僕は
思っていた。
よく考えれば、様変わりをした事が、かつて、一度あった。今回は、僕の経験では2回目になる。
1回目の様変わりをした時は、当時はかなりショックを受けた。その、様変わりをした景色に慣れるのに
僕は何年も掛かった。2度目の今度は…
景色が変わるときとは、どんな時なのだろうか…?
「時代の要請?」
あるいは、
「天災?」
あるいは、
「事故?」
…
変わらぬ場所というのは、もしかして、そもそも無い物なのか…
嫌が応にも景色は変わって行くという事なのか…
ある方向から、変わらぬ場所だと思っていた、変わらぬ景色だと思っていた、何かを見つめる。
人が決めた事に依って…
天災で…
事故で…
いずれにしても、大切な物は(象徴的な物)は、ある日、突然、失われる。そして、大切な物を失くした景色に慣れて行く…
その事実が自身で解った時に、改めて、また、ここ最近はいつものように僕は
『機嫌が悪くなる。』
あなた…こう思った?
「短気だね~」
そう思った、あなたに、
「良く言われます。最近、少し自覚するようになりました。」
少し、言い訳をすると…近頃は
『機嫌が悪くなる。』
ような出来事が多いですよね…だから、機会ある毎に、
『祓ってもらうために、清めるために…』
此処へ来ているのな…あるいは、
「(おい!コラ!!ちゃんと、見て観ているのか!?)」
と、僕の機嫌の悪さをぶちまけるためかな…
takumaroは今日も往く!