いつものように、早めに道場に入る事が出来、この日も稽古の始まる50分前から自分自身のアップを始める。柔道教室の
稽古開始45分位前に、千日行者Iさんが現れる。お互いに、独特な『礼!』をもって相対し、そして、それぞれが、再び
自分自身のアップを始める。稽古開始35分位前に、ハンバーグ師匠Kさんが現れる。ニコニコした笑顔で互いに『礼!』をする。
こうして、徐々に道場に(柔道の)稽古をしにくる人が集まり出す。大抵の人は、『礼!』という形でのあいさつをし、そして、
自身のアップを始める…のだが、此処に一人の例外が存在する。
稽古開始25分前、その顔固めHさんが現れた。そして、道場に入って来ての第一声が…
「…あの…もう帰って行っていいですか…?」
冗談なのか、それとも、心の声が漏れているのか…なんか…自分の姿を見て観る気持ちになる。なので、僕は、こう返す。
「…顔固めHさんも…僕と一緒で『稽古不足』なんですね…」
すると、顔固めHさんは、こう返して来る。
「takumaroさん(僕の事)は、どうして、そんなに真面目なんですか!」
目を閉じて、その音の響きに僕は酔いしれる。僕の場合は、褒めてくれる人が、そもそも少ない。そういう人達は、圧倒的な
マイノリティーである。そして、また僕の場合は、この国、この社会から煙たがれる事の方が圧倒的に多い。こちらは、圧倒的な
マジョリティーになる。僕が『喋り過ぎる』事と内容で『カチン』と来させることが往々にして在るからなのだけれど…
まあまあ…そう言った僕の個人的な事情により、僕にとっての特殊な音の響きには、なんか…必要以上に僕は反応し、
必要以上に僕は何かを求めに行ってしまう。
「…Hさん…スイマセン…良く聞き取れなかったので…もう一度言ってもらって良いですか?」
この手の僕の願い事を顔固めHさんは、快く引き受けてくれる。
「takumaroさん(僕の事)は、どうして、そんなに真面目なんですか!」
目を閉じて、改めて、その音の響きに僕は酔いしれる。
「スイマセン…確認の意味で、もう一回…」
「takumaroさん(僕の事)は、どうして、そんなに真面目なんですか!」
…
僕はその音の響きをしゃぶりつくす。そして、人間の『業』の深さを、こういう処でも、僕自身を返して感じてしまう。
感じてしまうのだが、もう止まらない。
「あの…Hさん、演出家takumaroになって良いですか?」
「はあ?」
「つまりですね…
『takumaroさん(僕の事)は、どうして、そんなに真面目なんですか!』
とではなくですね…何と言うか…『溜め』…をつくってですね…
『takumaroさん…どうして、そんなに……真面目なんですか!!!』
これで、頂いてよろしいですか?」
顔固めHさんは、僕の言わんとしている事を理解してくれたようだ。僕の方を見て、親指を突き立てて見せて、ニンマリ
笑った。そして、呼吸を整えて、少しの間を作った後に…
「takumaroさん…どうして、そんなに……真面目なんですか!!!」
蕩ける様な感覚とはこういう感覚なのだろう。
…
隣で、千日行者Iさんがアップをしながら、僕と顔固めHさんのやり取りをクスクス笑いながら聞いていたのだが、
さすがに、演出家takumaroが出て来た処で、耐え切れずに声を出して笑いだしていた。その、千日行者Iさんを見て
僕は言った。
「いや、こんなので良ければ、いっぱいありますよ!」
止まらない…どころか暴走が始まる。今度は脚本家takumaroが出て来る。
「質問なんですけれどね…Hさん!」
「はい?」
「『道』って知っています?」
「いや~…ちょっと…」
「僕が歩いた処が『道』なんです!」
この当たりの反応はHさんは、抜群である。既に演出家takumaroの指導を経験している。
少し、『ポカン』とした顔をし、そして、しばらくしてから『ハッ』とした顔をし、そして最後は頷くようにして
「なるほど~!!!」
暴走はまだ続く。
「Hさん、『国宝』って知っています?」
「さあ~?」
「僕の事です。」
千日行者Iさんは大爆笑をしていた。さらに、ここに、顔固めHさんの絶妙な間と、多分…アドリブが入るはずだった。
しかし、世界が僕の暴走を何処までも許す訳もない。
…
この、柔道教室の道場主とも言える『ちゃらんぽらんYさん』は何時の間にか道場に来ていて、そして、どこからかは
不明だが、僕と顔固めHさんのやり取りを聞いていた。そして…僕は鉄槌宣告を受ける事になる。
「…takumaroさん、今日はボコボコにしますから…」
自然に心からの声が漏れてしまう。
「え~!!!」
このやり取りを見ていた千日行者Iさんが、ニコリともせずに
「takumaroさん、良かったじゃないですか!『稽古不足』が補えて!!!」
再び心からの声が漏れてしまう。
「え~!!!」
ちゃらんぽらんYさんが続けた。
「大丈夫ですよ。takumaroさんだけじゃないですから…」
何が大丈夫なのか?今度は、勘が働いた顔固めHさんが
「え~!!!」
となった。再び、千日行者Iさんが巧い事を言った。
「丁度良かったじゃないですか…お二人とも『稽古不足』が補えて!!!」
…
この日の稽古…顔固めHさんがどうだったのかは僕は知らない…
一方で、僕の方は、本当に大変だった。
「(そろそろ、僕を『(人間)国宝』としての待遇をする人が現れても良さそうなのだが…)」
こういう事を喋っているからかもしれないが、中々、僕の待遇は改善されないでいる。
…
それでも、稽古は続く。
takumaroは今日も往く!
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